メガネスキーになったきっかけ
murakenは小学校低学年のとき、視力測定機の一番大きい記号が見えない人が
いるのかと不思議に思ってた。そして時々夜テレビを見るときは電気を消してみてた。
ちなみにこの時の視力は1.5くらいだったと思う。
今から思えばこの時から眼鏡というものに憧れをもっていたと思う…
それから数年後、中学に入ってから変化が起きた。黒板の字が見え辛くなっているのである。
考えられる原因はいくつかあった。
暗闇のテレビ |
暗闇でテレビを見るのは意外と目を酷使する。 |
近距離でのTVゲーム |
半径1m以内で2、3時間やっていた。 |
これらの原因で焦点が遠距離から近距離に移り、近視になったんだと思う。
きっかけと言ってて全然書いてねぇじゃねぇかと御思いでしょうが、
メガネスキーは自分も眼鏡を掛けている!!確率が高いと思うんです。
だから自分の眼鏡遍歴を書いてみようと思ったんです。
ここからが本題。なぜメガネスキーになったのか?
そもそもメガネスキーとはいったい何!?と言う人もいるとは思うが、
人それぞれ基準が違うので一概には言えませんが、
muraken的には、眼鏡を掛けた人が好きな人・・・ってそのままじゃん。
キャー物投げないで!!
メガネスキーには2D派と3D派がいます。ちなみに私は両方です。まさに二刀流…(斬)
先ず始めに目覚めたのは2Dの方です。
あれは高1の冬かなぁある美女ゲー雑誌に「眼鏡っ娘教」たる葉書が掲載されてました。
その時はなんと無く思っていましたが、時が経つにつれて、いつしか気がつけば
2Dのメガネスキーになっていました。
それから半年くらい経った高2の秋に、写真部の先輩が夏の全国大会から帰って、いっしょに行っていた
人の写真を見せてもらったら、かわいい眼鏡っ娘が写ってるじゃぁないですか!!
その瞬間、3Dのスイッチが入りました。そこで準顧問の先生が一言。
「このメガネぶす邪魔だなぁ…」
恐らく絶対に忘れない一言でしょう…佐竹似のO先生…
その年の11月、高文連の写真大会の会場にて、渦中のこの娘に会えました。名前はH。
実際に会ったら、写真以上にかわいく、もうメロメロでした…
この大会で、準特選をもらって(今だになぜ選ばれたのか…)全国大会に行くことに決まった。
それも、Hさんと一緒だー!!
高三の夏、待ちに待った夏、奈良にて第・・会(忘れた)の全国大会が行われた。
引率の先生の気転により京都に行くことになり、銀閣寺、薬師寺、清水寺に行った。
そこでの写真はピンぼけ、手ブレと散々な結果を残してきたが、唯一まともな一枚があった。
現段階の最高傑作が…
この写真はある逸話があって、それは…
左右が逆、ネガを無くした…
この写真を出した高文連の会場にHさんは居なかった…(涙)
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